DATE 2008.11.21 NO .
部屋の中は、暗い。
差し込む月明かりを受けてぼんやりと浮かび上がる木机が、逆にそれを際立たせる。
「――おかえり」
静かな部屋に、突然声が響いた。
「何か用か、不法侵入の好きな騎士団長閣下」
「…ひどい言い草だな」
ユーリは声に背を向けたまま明かりを点ける。
そして振り返ると、ベッドに腰かけた軽装のフレンが目に入った。
「事実じゃねーか。いつもいきなり来て、しかも勝手に部屋に入って、そんな部屋の隅の薄暗がりにいて。一体何がしたいんだ」
「其の一、不法侵入の好きな騎士団長は忙しくてね。それに今更確認を取る相手でもない。其の二、勝手にって言うけどおばさんはいいって言ってた。其の三、ここが暗いのは君の帰りが遅いのが悪い」
「……お前はいちいち真面目だな」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
そう言うと、フレンはユーリのベッドから立ち上がる。
「――僕は、君の方が真面目だと思うけどね」
月明かりを背に、フレンはユーリをまっすぐ見据える。
「何しに来たんだ、ほんとに。騎士団長ってのは閑職か?」
眩しさのようなものを感じて、ユーリはフレンから目を離した。
「僕は仕事をしに来たんだよ。依頼があってね」
「へぇ、どんな依頼だ?」
ユーリの顔に、若干笑みがにじむ。
「――最近ユーリがおかしいんじゃ」
けれど、その笑みはすぐに固まった。
「……は?」
「どうも何か悩んでるみたいでね、暗いの」
「おい、フレン…?」
「笑わなくなった。どうしたらいいんだろう?」
どこか遠くを見るような目で淡々と続けるフレンに、ユーリはだんだん苛立ちを覚え始める。
「やめろ……」
「きっと――」
「フレン!」
耐えきれずにユーリがフレンに掴みかかる。
フレンの言葉が途中で止まった。
「もう、いいから。やめろ」
止まった瞬間、フレンの蒼い眼にユーリが再び映る。
そして襟元を掴むユーリの腕を見やり、それを払いのける事なく、続ける。
「きっと、自分を戒めようとしているんだと思います。どういう理由があっても罪は罪だから自分は幸せになる資格がない……そんな風に思っているなら、悲しいです。ユーリはもう、充分苦しんだはずなのに」
力が抜けてだらりと下がる自分の腕を、ユーリは他人事のように視界の端に映す。
「誰かの言葉」を諳んじるフレンの姿に一瞬、ユーリはその「誰か」を重ねた。
フレンと同じ場所にいるべき、懐かしく、眩しい彼女の姿を。
「……はぁ」
それも、フレンの唐突なため息でかき消える。
「僕は悩み相談なんてやってないんだけどなぁ」
戸口の方に歩み寄ったフレンは、背を見せたままユーリに問いかける。
「君自身はどうしたいんだ? 罰を受けて牢獄に繋がれる方が楽だって言うなら、いくらでも協力してあげるけど」
「……牢屋はもう飽きたな」
「じゃあ、何が問題なんだろうな? ……君が心から笑う事に、何の問題があるんだろう?」
「…………」
黙ったままのユーリをフレンは一瞥する。
それから低く厳かな声音で、こう告げた。
「幸せになる努力をしろ、ユーリ・ローウェル。それが、騎士団長フレン・シーフォの名において騎士団がお前に与える――罰である」
いつものように暗い部屋に一人きりになったユーリは、ベッドに身を横たえ、かつて共に旅をした仲間達の顔を思い浮かべる。
掲げた両の手に、じっと目を凝らす。
指の間から、凛々の明星の鮮やかな光が見えた――
「――ユーリ、どこ行くの?」
テッドに呼びとめられて、ユーリは足を止めた。
「ちょっと外に出掛けてくるわ」
「帝都の、外?」
「そうだ。しばらく留守にするけど、面倒な問題とか、起こすんじゃねーぞ」
「そんな事しないよ! ……下町の事は心配しなくていいから、いってらっしゃい」
「あぁ、ありがとな……すぐ帰って来る」
テッドと別れ、もうすぐ外だというところで。
「…騎士団長閣下が忙しいってのは、嘘だな」
「見回りのついでさ」
「閣下が見回り、ねぇ……」
昨日とは違い鎧に身を包むフレンが、もたれていた壁から身を起こした。
「帰って来たら君は吹っ切れているのかな?」
「…さぁな」
一見投げやりにも思えるその答えを、フレンは笑って受け止める。
「まぁ、いいか。早く帰って来いよ」
「はいはい、団長閣下の仰せのままに」
(さて、と――)
目的地は、ふたつ。
ユーリはその一歩を今、踏み出した。
≪あとがき≫
で、これからED絵、な感じです。
ユーリの性格が難しい……orz
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